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グレン・ブランカ『Lesson No.1』、『The Ascension』

アラン・リクト
翻訳:恩田晃

これは、友人のアラン・リクトが書いて、わたしが訳したものです。彼が数年前に出版した『An Emotional Memoir of Martha Quinn』A Drug City Book 2002 は、 80年代のニューヨークの街で起こっていた文化の胎動をストリートな視点でマニアックに書きつづった貴重なジャーナル。面白いからそのうち訳そうかなって思ってるんですけど、日本でだれか出版したいひとはいますかね? そういえば、こういうタイプのライターは日本では見かけないですね。


かつて、だれかが、グレン・ブランカをポストモダン・コンポーザーの草分けと定義したことがあるだろうか? もしそうでなければ、いまからでも遅くはない…。70年代末にボストンからニューヨークに移り住んだブランカは、ミニマリズム以降に初めて調性と不協和音を同時に用いたコンポーザーであり、初めてロックのバックグラウンドを背負いながら現れたコンポーザーだった(60年代、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤングらが、ジャズの影響下から現れたように)。同時期に、同様に複数のギターの為の曲を書き、ブランカのライバルとでもいうべきライス・チャッタムが、アバンギャルドの殿堂ザ・キッチンを運営していたのとは対称的に、ブランカはニューヨーク・ドールズ、エアロスミス『Get Your Wings』などのロックンロールを、毎晩ヘッドフォンでフル・ボリュームで聴きまくっていた。

当時の状況はといえば、ブルー・ジーン・タイラニーがデトロイトでイギー・ポップ、サンフランシスコでロバート・アシュリーの双方から薫陶を受け、ライス・チャッタムやトム・ジョンソンらの現代音楽畑のコンポーザーがCBGBに通い、スリーコードをかき鳴らすラモーンズや、ワンコード一発のラ・モンテ・ヤングに聴き入っていた。そう考えると、ブランカのような存在が現れるための土壌はすでに整っていたのだ。彼のニューヨークでの最初のバンド、シオレティカル・ガールズは、ロック的な楽曲の形態を用い、不協和音とパンクの猛々しさと間にある種の調和を見い出そうとしていた。次のバンド、ザ・スタティクでは、ブランカらしい長い尺の楽曲となり、それが1980年の『Lesson No.1』へと発展していった。おそらく、これがノーウェイブ史上初の現代音楽的なセンスをもった器楽曲といえるんじゃないだろうか。かつて、ブランカのアンサンブルで演奏したこともあるキーボード奏者のアンソニー・コールマンはこう語っている。「ブランカがロック・バンドの形態を応用して演奏した楽曲は、その他のロックを取り込もうとしながら基本的にアカデミック臭さが抜けきれなかった多くの作曲家の楽曲よりはるかに優れていた。彼はだれよりも先を行っていたよ。発散するエネルギーの量がまるで違ったね。グレンは明らかに最前線にいたし、音楽を聴けばそれは一目瞭然だった」

1981年には、4人のギタリストの編成(リー・ラナルド、デイヴィット・ローゼンブルーム、ネッド・サブレット、そしてブランカ)に加えベース、ドラムで録音された『The Ascension』がリリースされた。そのなかの一曲『Lesson No. 2』は、闇雲に突っ走るタムタムのリズムや不吉にささくれだったギター・サウンドが、いかにもノーウェイブらしいが、『The Spectacular Commodity』などは、ペンデレッキやリゲティのようなクラシカルな色合いが添えられ、プログレ的ですらある。そして、そこからシンフォニーのシリーズを書き始めるまで、そう時間はかからなかったし、以後二十年間に渡り、ブランカは計10曲のシンフォニーを書き上げることになる。

ブランカの全作品を現時点から俯瞰してみると、再発されたばかりのCDに収められた『Bad Smells』は、そういう過渡期ならではの興味深い作品だ。この曲は、トワイラ・サープのダンス・カンパニーの為に書かれ、『The Ascension』と同じ編成にサーストン・ムーアを加えて録音されている。出だしの3分間はまるでマカロニ・ウェスタンなモリコーネのようだし、曲中で何度もリズムが変り、いつものブランカの一定した曲調とは異なる。めまぐるしい場面展開は、ジョン・ゾーンのクロス・ジャンルやクリスチャン・マークレーのターンテーブル・コラージュのようで、ポストモダンな80年代のNYダウンタウン・シーンを彷佛させる。でも、だからといってなにも驚くことはない。結局のところ、グレン・ブランカはポストモダン・コンポーザーの草分けなのだから…。そう、いまからでも遅くはない…。

『スタジオ・ボイス』(2004年6月号)掲載


Last updated: August 17, 2004