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フィル・ニブロックの季節

フィル・ニブロック
『The Solstice』
『Touch Works, for Hurdy Gurdy and Voice』
『G2, 44+1X2』

恩田晃

冬のニューヨーク、凍てついた空気が肌を刺す。今年もまたフィル・ニブロックの季節がやってきた。12月21日、チャイナ・タウンのど真ん中にある彼のロフト・スペース、エクスペリメンタル・インターメディアで、毎年恒例となった6時間にも及ぶサウンド・インスタレーション『The Solstice』が行われるのだ。

『The Solstice』は特異な体験だ。耳をつんざくような轟音がいくつものスピーカーから流れ出し空間を埋めつくす。究極のミニマリズム。メロディーも、ハーモニーも、リズムもない。ひたすら大音量でドローンが鳴り響く。だが、しばらくその中に身を浸していると、巨大なマッスの細部が微妙に変化し続けていることに気付かされる。ピッチは複雑に絡み合い、音の断片は生成と消滅をくり返す。緩やかに流れる大河のように、大きなうねりをつくりだしている。加えて、部屋の中のいたるところに、映像作家でもある彼がこれまでに撮りためてきた映像が16ミリやビデオで延々と映し出される。アジアの各地で、畑を耕したり、魚を捕獲したり…、太古から今に至るまで連綿と続いてきた人々の営みのディテールを記録したものが多い。ずっと見続けていると、チャイナ・タウンにいるという現実と、強烈な色彩のアジアの幻覚が奇妙にリンクし始める。

そして、当の本人は、ワイン・グラスを片手に、ニコニコと笑顔を振りまきながら訪れた客と談笑しているのだ。

フィル・ニブロックは特異なコンポーザーだ。もともとは写真家あがり。ジャズが好きで、50年代にはデューク・エリントンの写真なども撮っていた。60年代には、映像作家としてサン・ラのドキュメンタリーも撮っている。そんな過去を持つためか、視覚芸術の方法論を作曲に応用することが多い。作曲法はいたってシンプルだ。トロンボーン、チェロ、ギターなど、持続音を出しやすい楽器をひとつ選び、ミュージシャンに一定の周波数とそれに近いピッチの音を演奏してもらい(たとえば、低いオクターブのA=55Hzを選ぶと、それに2Hzずつ加えた音、57、59、61Hzを録音する。真ん中のオクターブでは110Hzに加えて113、116、119Hz。他のオクターブも同様に録音していく)、それらの素材をサンプリングしてマルチトラック・レコーダーで編集し(最近はプロ・トゥールズを使っている)、ドローン・サウンドを絵の具を塗り込めるにして描き上げていく。そして、コンサートでは、そのうえにミュージシャンが生の演奏を付け加える。この同じスタイルを数十年に渡って固持している。しかし、やっていることは同じでも、このところますます音楽が良くなってきているのだ。彼は現在69歳なのだが、この年齢で若い頃より優れた作品を生み出せるコンポーザーなどそういるわけではない。継続は力なり。老成した渋みなんてものとは無縁に、歳を取るごとに瑞々しく華やいできている。

今年は、タッチから『Touch Works, for Hurdy Gurdy and Voice』を、ジム・オルークのレーベル、モイカイから『G2, 44+1X2』をリリースした。どちらも素晴らしい出来なので是非聴いてみて欲しい。

『ミュゼ』Vol. 40(2002年11月20日発行)掲載


Last updated: January 17, 2003