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渾沌と諍いのなかで

ラズ・メシナイ a.k.a. バダウィー
『Soldier of Midian』『Before the Law』

恩田晃

もう春だというのにニューヨークのイースト・ビレッジには冷たい冬の風が吹いている。異常気象はいっこうにおさまりそうにない。ラズはトシオのアパートに上がり込んでくるなり、その長身をゆっくりと折り曲げ、ソファーに深く沈みこむ。おおきくため息をつきながら吐き捨てるように言う。「どうも世界は狂ってしまったようだな」、と。無理もない、この男は今から29年前にエルサレムで生まれたのだ。彼の地ではイスラエルがパレスチナ人を強硬に武力で押さえ込もうとし、それに対しての自爆テロが頻発している。相対するふたつの勢力が歩み寄る気配は何処にもない。

ラズ・メシナイはエルサレムで生まれた。3歳でニューヨークに移住しユダヤ系アメリカ人となるが、幼少時は何度も帰郷をくり返す。7歳の時に祖母に連れられレバノン国境に近くのパレスチナ難民キャンプを訪れた。ベドウィン族のスーフィーが演奏するパーカッションを聴き、音楽のリズムが持つ魅力、もしくは魔力にとりつかれる。そんな原体験をへて、彼自身も山羊の皮を木わくに張ったパーカッション、フレーム・ドラムを演奏するようになった。その後、80年代にニューヨークでヒップ・ホップ・ムーブメントを体験し、エレクトロニクスを用いて音楽を作りはじめる。96年にはバダウィー名義で初めてのアルバム『Bedouin Sound Clash』を。最新作は『Soldier of Midian』、フレーム・ドラムのループが執拗に攻撃本能を揺さぶりトランス状態へと導いていく。

「バダウィーということばは、遊牧民的な精神をあらわしている。ひとつの文化ではなく、ある普遍的な文化を象徴しているんだ。だからバダウィーのアルバムには中近東の伝統音楽、ジャマイカのナイヤビンキからダブやヒップ・ホップまで、いろんな音楽のリズムが混在している。それは自分がこれまでにたどってきた音楽的遍歴なんだ。バダウィーとは俺自身の物語でもあるんだよ」

あくまで個人的なことがらを描きながら、それが世の中の流れとあわさり、いかにも普遍的な物語であるかのように感じさせてしまうのがラズの凄いところ。そして、そんなストーリー・テラーとしての才能がいかんなく発揮されているのが、ツァディックからラズ・メシナイ名義でリリースされた『Before the Law』。カフカの小説をベースに、弦楽器、ピアノなどをフューチャーした野心的なサウンド・スケープだ。アコースティックでありながら、サンプリング的な編集感覚が最大限に活されている。時に妖しく、時に美しく、マーク・フェルドマンのバイオリンが語りべとして聴くものをカフカ、もしくはラズの幻惑の世界へと誘い込んでいく。

「エレクトロニクスを多用していても、俺の感覚は基本的にアコースティックだよ。エレクトロニクスがつまらないのは、皆、サウンドをコントロールし過ぎるからだ。エナジーをぶち込むべきだよ。機械はぶっ壊れる直前が一番いい音がするからな」

エレクトロニクスとアコースティック、現代的なセンスと本能的な野蛮さ、相反するふたつの力をニューヨーカーらしいコスモポリタンな感覚で見事にスパークさせてしまう。ラズ・メシナイの音楽は渾沌の諍いの日々にこそ似つかわしい。

『ミュゼ』Vol. 37(2002年5月発行)掲載


Last updated: September 17, 2002