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2003 Rewind

恩田晃

2003年とはいかなる年だったのだろうか。書き連ねていた日記を読み返してみる…。

ニューヨークを襲った猛吹雪の翌日、白銀のイースト・ヴィレッジを歩きまわってみる。過去30年なかった記録的な降雪量だとのこと。交通網は完全に麻痺してしまった。都市の喧噪はひたすら雪の白さのなかに吸い込まれていく。ここはほんとうにニューヨーク? 信じられないぐらいの静けさ…。

イラクへの爆撃がついに開始された。つけっぱなしのラジオからは現地からの実況中継がくり返されている。耳をふさぐ。そんなものは聞きたくもない。けれど、なぜかスイッチを切ることができない…。すると、突然、報道番組の合間にレオン・トーマスの哀愁をおびた歌声が流れてくる。タイトルは忘れてしまったが、『Spirits Known & Unknown』からの一曲だ。恐怖に凍てついた空気がほころび、ゆるみ始める。緊張にこわばっていた背骨が、打ち砕かれたように、崩れ落ちる。涙があふれでてくる。その瞬間を忘れることができない…。

春になった。ローレンのアルバム『The Departing of a Dream Vol. 2』を聴きながらブルックリンの自宅の窓から裏庭を眺めてばかりいる。ある昼下がり、ハウストン・ストリートで彼と偶然出くわす。「どうして最近あまり人前で演奏しないんですか?」、と訊く。「どうしたもなにも、わたしはもう年老いたんだし、いまはもう20世紀じゃないだろ、で…、うーん…」、いつものようにもぐもぐと呟くだけで、なにを言っているかさっぱりわからない。このアルバムの彼のギターもいつものようにもぐもぐと呟くだけ。不可解な空気のなかにとけ込んでいく。無気味な緊張感に支配されている。でも、それがいまのニューヨークの姿を映しだしているような気がする…。

8月、東京からニューヨークに戻ったその日の午後にブラックアウト(北米大停電)が起こる。やがて夜が訪れ、まるで街全体がブラックホールに投げ込まれたかのように、暗闇に包まれる。信じられないぐらいの静けさ。街にあふれる音楽や、冷蔵庫やクーラーの唸りや、上空を横切る飛行機や、ふだん耳にしているノイズが消え去ると、これほどまでに日常を取りかこむ音の風景が一変してしまうとは…。知らない世界に投げ込まれたかのようだ…。

秋になり、『カセット・メモリーズ』の2枚のアルバムがリリースされた。わたしは、ヨーロッパの各都市をめぐる演奏旅行に乗り出した。そして、そこで見たものは…、凶暴なグローバリゼーションの波がいたるところに押し寄せているということだ。いまや、何処の都市の中心街も同じ資本で固められ、当然のごとく同じに見える。固有の地域色など忘れ去られていく…。ある日、わたしはフランスの地方都市サント・エティエンヌにいた。お世辞にも綺麗とはいえない中心街から裏道に入り込むと、薄汚れた建物がずらりと並んでいて、惨めさがそこらじゅうにただよっている。前世紀、この都市は鉄鋼業と共に栄えていたのだが、この数十年の間にすべての鉱山は閉鎖し、時代から取り残されてしまった。でも、それゆえか、いまだにローカルな色合い強くとどめている。なにかしら親しみを覚える…。

思い返せば、ずいぶんと緊張を強いられるインテンスな1年だったように思う。 でも、なにが起ころうと、季節はめぐっていくのだろう。そして、なにが起ころうと、日々の生活はつづいていくのだろう。たぶん、これからも…。

『The Wire』2004年1月号掲載原文


Last updated: February 14, 2004