Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2002年5月下旬)

今回は5月の中下旬にかけて行われたターンテーブル奏者8人とVJ、それにエンジニアやクルー総勢15名のTurntable hell UK tourのレポートの後半を。さてさてツアー中盤で、はやくも音楽的に行き詰まってしまった僕等。マルタンの決断は。

ターンテーブル地獄ツアー(後半)

Turntable hell UK tour members
turntable
Martin Tetreault (Quebec)
Janek Schaefer (UK from KOMAE)
Marina Rosenfeld (NY)
Martin Ng (Australia/Malaysia)
Stive Nobel (UK/ex Rip Rig & Panic)
Paul Hood (UK)
Lepke B (UK)
Otomo Yoshihide (Tokyo)
video
Ben Drew (UK/from Ninja Tune)
sound
Knut Aufermann (Germany)
recording
Maggie Thomas (UK/France)
produce
Ed Baxter/LMC (UK)

@月@日
コルチェスター。朝ホテルのロビーに集合すると真っ赤な目をしたマルタンに肩を叩かれる。ほとんど寝ずに考えていたみたいだ。移動の車中、マルタンが皆に今日のセットの説明をしだす。セットを2つに分けて、それぞれ今のエクスペリメンタルなターンテーブルの方向を象徴するような内容を考えているらしい。1stセットはターンテーブルやカートリッジの音だけに焦点を当てたセット。マルタンやオレがこの何年かずっと追求してきたのはこっちのセットだ。今回のメンバーでいうと、マーティンNG、ヤニク・シェ イファーがこの方向になる。2ndセットはレコードに入っているメモリーに焦点を当てたセット。45回転のドーナツ盤を大量に使うレプキやコラージュを得意とするスティーヴ・ノベルはこの方向の代表。それぞれ異なる方向のプレイヤーの持ってきた曲をいかしているところはマルタンらしい。これなら双方の影響を受けるマリーナやポールにとってもやりやすいはずだ。

今日の会場はロンドンのクイーンエリザベス・ホール。東京で言うと渋谷公会堂ってかんじだろうか…って言っても日本じゃこの手の会場でやることはまずないんで、比較しようがないか(苦笑)。ここの会場クルーとは何度か仕事をしているんでやりやすい。サクサクとサウンド・チェックをこなしリハーサル。昨日までの弱々しいマルタンとはうって変わって、締まった顔つきになってやがる。これまでなんとなくばらばらだった皆の意識も変わってきている。「OK ボス」なんって言う奴まで出てくる。リーダーの誕生だ。オレが待っていたのはこれだった。今後マルタンがリーダーとしてこのバン ドの舵取りをしなければ、いつまでたってもただ皆の曲を演奏するだけのショー・ケースみたいなツアーで終わってしまう。マルタンが僕等をわざわざ集めて一緒に何かをやる意味をマルタンが明確に示すことがなにより重要だったし、そこから彼が僕等をどう仕切っていくかをオレは知りたかったんだ。

演奏はマーティンのほとんど音のないピースから始まる。演奏開始5分。怒って席を立つ奴が続出する。DJショーを期待していた若い奴等だ。帰りたい奴はさっさと帰りやがれ。ほとんど無音の15分を経てそのまま、オレのフィードバック・ピースへ。8人全員のフィードバック…9人目のメンバー映像のベンもヴィデオ・フィードバックを流し続ける。もう言葉に出来ないくらいいかしてやがる。それでも続々帰る客。30分を過ぎたあたりから、ゆるやかにヤニクのミニマル・ピースに移行、無音、轟音、ドローン…DJらしいビートは皆無、のちのちワイアーにも酷評されたらしいこの1stセットの演奏は、オレにとっては今回のツアーの最初の成果というか、これなら、CD化してもいいかって初めて思える演奏だった。わからない奴に何をいっても仕方ない。

@月@日
レディング。小さい学園都市だ。コンサートも7つ目になると楽器のほうもいろいろトラブルが出始めてくる。8人ものDJがいれば大体毎日、一人くらいは接触不良の個所がでてきたりするし、マルタンが作ってきたモーター・ターンテーブルに至っては毎日壊れる。で、サウンド・チェックが終わると、皆壊れたパーツをオレのところに持ってくるのが習慣になってしまった。電気屋の息子だったオレはアナログ関係の修理だけは門前の小僧で多少はできるのだ。ハンダゴテの臭いをかいでいるとなんとなく落ち着くの は、幼少時からこの臭いの中で育ったせいかもしれない。

もうひとりの修理屋…といっても体をなおすほうの心臓医マーティンのもとにはマルタンが行って、なにやら深刻な相談をしている。心臓のあたりがとこどこ痛いらしいのだ。おいおい、大丈夫かバンマス。

さて今日はマルタンから完全に即興でとの提案。そういやオレ達曲をやることばかり考えていて即興を忘れていた。で、ためしにやってみた完全即興の1stセットが素晴らしかったのだ。なんで今までオレ達はこれをやらなかったんだ? 2ndセットも同じく即興。これも面白かった。今まで曲の中で試してきた様々なことが即興の中でちゃんと起こっていて、かといって安易な起承転結形の演奏に落ち込むわけでもない。おいおい、今までの苦労はなんだったんだよ…と言いたくなるが、今までがあったから出来たのかもし れない。そういえば過去にもこんな経験をしたことがある。94年にフランクフルトでやったクリス・カトラーのP53がそうで、さんざん曲のリハをした挙句、本番直前になって、リハは全て忘れて即興でやることになり、これが思わぬ効果をもたらしたのだ。長いリハーサルを経たあとの即興…あるコンセンサスをツアーを通じて確立しつつ、より自由な方向へ開くアイディア。ますますマルタンらしさがでてきたぞ。

@月@日
ブライトン。海岸沿いの会場。ステージわきの窓から海が見える。今日も即興のみのセット。ひとつひとつの展開、テクスチャー、全体の響き具合、ここにいたって僕等は完全にバンドになってきたような気がする。8人ものエクスペリメンタルなターンテーブル奏者が即興で同時に音を出して、こんなに上手くいった例をオレは知らない。ここにきて皆マルタンをはっきりとバンド・リーダーとして認めるようになってきた。今までだって、無論そうだったんだけれど、形の問題ではなく、もっとメンタルな次元で、彼は立派にリーダーとしての役目を果たしている。いつものマルタンを知っているオレにとってはこのこと自体かなり驚異的な出来事であると同時に、嬉しくもある。マリーナがターンテーブルで波のような音を出す。彼女の演奏も最初の頃と比べると大きくなってきたような気がする。ポールは海岸に落ちてた石を使ってターンテーブルから独特の音を出してくる。いいじゃん、いいじゃん。それぞれがバンドの中で確実に自分の役割を見つけ出している。

演奏が終わってホテルに戻ると、あとからチェックインする予定だったベンやクルーの部屋が用意されていない。コンピュータがダウンしてカード・キーが作れないのが原因だ。今回のツアーで一番の高級ホテルだってのに。例によってドライバー、ロブの部屋でスコッチのボトルを囲み煙をモクモクさせながら、ホテルのビールを山のように持ってこさせて(もちろん無料、金なんか払えるか)朝までわいわい大騒ぎしたのはいうまでもない。何が高級ホテルだ、つけあがんじゃねえ。

@月@日
あ〜なんか疲れたぞ〜。こうなってくるとバンの席のどの部分を取るか微妙な、目に見えない争いになってくる。オレの特技はどんな席であろうと、どんな姿勢であろうと乗り物に乗ると必ず寝れること。飛行機にいたっては離陸前に大抵眠りにつくし、着陸の振動で起きるのが常だ。ってこんなこと自慢にならないか。でも、これが出来るか出来ないかで、ツアーの疲労度はだいぶ違う。ちなみにこういうツアーだとホテルについたら一番にするのは、洗濯だ。昨日着ていたものを素早く洗い、一番乾きやすそうなポジションを探し手早く干す。こうするとうまくいけばコンサートから戻った時には乾い ているし、遅くとも翌日の朝の出発までには乾く。したがって着替えは3日分しか持っていない。だから1週間のツアーでも何ヶ月ものツアーでも、持っていくもんはあまり変わらない。3日分の衣服に歯ブラシと多少の医薬品、ポケットに入る文庫本、それにパスポートとチケット。これが僕等の楽器以外の所持品だ。旅支度も10分もあれば楽勝だ。お世話係のいるツアーならともかく、僕等の日常はエヴァン・パーカーから、オレ等レヴェルに至るまでだいたいこんなもんだ。最近はこの装備にノート・パソコンが加わって、ずいぶんと便利になった。さて今日はFarham。実はこの街の読み方が思い出せないばかりか、3ヶ月たった今となっては会場もホテルうっすらとしか思い出せない。だいぶ疲れてたのかな。簡単なメモには「今日も即興のみ、上々」とあるところを見ると、まあいい内容だったのかな。かなりな田舎町だったせいか夕食の選択肢がフィッシュ & チップスかステーキ & チップスしかなくて疲れた体にはちと堪えたのだけはよく 覚えている。イギリスは好きだけれど食い物だけがなあ…。

@月@日
エクセター。昨年のジャパノラマの初日だったフォネックスが会場だ。今回のツアーの様々な断片が即興演奏に織り込まれつつ発展したようなステージ。マルタン、すげえいいバンドになったじゃねえか。演奏終了後、唯一の女性マリーナがボロボロ泣いている。短期間だったけれど、促成の外国人傭兵部隊はそれなりの成果を残せたんじゃないだろうか。タイプの異なる演奏家との共演にもう夢を見なくなっていたオレも、マルタン特有の緩やかに事を進めていくやり方の中で、忘れかけていた可能性みたいなもんを思い出させてくれたような気がするし、なによりバンドが作られていく過程ってのは、本当に面白い。まったくどうなるのか頭の中でしか見えなかったものが、具体的な音になり、しかもそれが理屈を超えてアンサンブルし、そのバンド固有の音色を生んでいく。これこそがバンドの醍醐味だ。なんだかここでこのツアーを終わりにするのが惜しくなってきた。

@月@日
ロンドン。マレーシア・レストランで打ち上げ。おなじく医者のマーティンの彼女や、カフ・マシューズ等とも合流してわいわいと楽しい時間。わずか2週間であったけど、これだけ朝から晩まで一緒だと、なんとなく仲間みたいになってきて、別れがたくもある。リーダーのマルタンやこのツアーを実現してくれたLMCのエド・バクスターに改めて礼を言って乾杯。昨日までシリアスすぎるくらいシリアスな顔になっていたマルタンが、いつものコミカルなマルタンに戻っている。隣の席にやってきて誰にも聞こえないようにこっそりと
「今回のことすげえ感謝してるよ。」
「なんのことだよ。」
「コルチェスターでのことだよ。」
「とんでもねえ。あんたのおかげてオレはGROUND-ZEROを解散出来たんだ。ま、これで貸し借りなしってことで…。んなことより、またやろうよ、これ。」
「まあまあ、あわてずに、すでに考えてるからさあ。ところで、今回やってて、ひとつ思いついたんだけどさ、もういつものターンテーブルはやめて、小さいモーターとカートリッジにレコードだけ使ったマシーンを作ろうと思ってんだ。たたむとこんな小さくて軽くなるんだけど、これでね……。」
あ〜、また始まりやがった。夢見るマルタンの新楽器構想話は、その後ホテルの部屋に戻るまで延々と続いたのでした。


Last updated: August 17, 2002