Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(98年8月)

(フリー・ペーパー「Tokyo Atom」に掲載。)

@月@日
万博会場のあるボルトガルのリスボンに到着。8月頭だけあってめちゃくちゃ暑い。早々オレを呼んでくれたリスボンのヴァイオリニストカルロス・ジンガロや、今回共演のギュンター・ミュラーとともに夕食。なぜかいきなりカルロスんちの近所の日本食屋「札幌」ってとこに連れてかれて、トホホな気分でのれんをくぐったのだけど、意外、ここがすごいうまい。ギョウザ、みそらーめん、チャーハンのセットを食ったが、どれも超一流。超Aクラス。東京で店だしたらまちがいなく列ができるくらいうまかった。大汗かいて、汁ものこさずいただきました。こんな店あるんだね。驚いた。世界は広い。

@月@日
ギュンターと2人で万博会場見学。28年目にしてやっと憧れの万博に来ることが…。建物だけは立派だけど、やる気があるんだかないんだか良く分からない投げやりな感じと、寂しい展示物を見てオレは田舎の高校の学園祭を思い出してクラクラしてしまった。中央に作りかけのままそびえ立つ出来損ないのパビリオンみたいなものがあって、ここの場所が会場案内の地図では空白域になっている。これってなんだったんだろう。太陽の塔みたいなもんをつくろうとして挫折したのか? なぜか日本館とヴァーチャルリアリティ館の前だけは2時間近い行列。もちろん中年ミュージシャン2人は待ち時間を聞いて挫折。結局根性なしの僕らは人気のないさびしいところだけを見てホテルにもどった。万博がなんだかさっぱりわからず。やれやれ。

@月@日
僕らの出るコンサートのポスターが町中にはってあるのだけど、名前がでているのはアート・リンゼイ他フロムUSAの連中だけ。ま、別に名前なんてどうでもいいけどさ。でもせっかく地元で孤立無縁のなか何十年も独自の音楽を作ってきたカルロス・ジンガロが、日本やスイスからわざわざ来た僕らと万博の大舞台でなんかをやろうとしてることに、もう少し敬意をはらってもいいんじゃねーの? 実は到着した日から万博関係者の様子を見ていてピンときたのだけれど、どうも万博内部やリスボン・アートシーンのつまんない派閥争いみたいなもんがあるらしくて、僕らを推薦したのは、その弱いほう、というか、そういうヒエラルキーの争いと無関係なところでやってた人達で、おかげで、僕らの名前はいつのまにかポスターやプログラムから抹殺されてたらしい。そこまでしなくってもいいのに。くわばらくわばら。どこにでもあるんすねー、こういうのって。ま、こんなもんには一切かかわりたくない。オレらは知らん顔して、とにかくあたえられたステージでベストをつくすことにした。

@月@日
コンサート当日。満足の行く演奏。お客さんの反応も良い。少なくともアメリカから観光気分で来ていい加減な演奏をしているやつらと同じ穴のムジナにみられないだけの事はやったつもりだ。ステージ終了後、地元のカルロス・ジンガロを無視してフロムUSAに駆け寄り賛辞のかぎりをつくすお偉いさんや立派な芸術家先生の姿を見て、オレは万博がなんなのかわかった気がしたぜ。 それにしても、あの作りかけの建物はなんだったんだろう?

@月@日
日本への帰路、タイのバンコックでわずかばかりの休日。タイのしゃぶしゃぶみたいな鍋やら、カレーにトムヤムクン、いやーうまかった。ここの町にも作りかけのままさび付いた高層ビルが沢山ある。バブルの落とし子ってやつだ。そんなビルに張りつくように屋台が所せましと店をだしてやがる。えーぞ、えーぞ。どんどんスクワッドしちまえ。そうだ、日本にもどったら、カルロスにメールを打ってやろう。「あんたはグレートだよ!」


Last updated: October 17, 1998