Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2003年9月前半その2)

今度はパリのシャルル・ドゴール空港で4時間のトランジットの合間にこれを書いてます。いつもツアーではポケットに文庫本をもって行きますが、今回のツアーで持ってきたのは4冊。養老先生の『バカの壁』…なんかいつもの文体と違って威勢が良くて、まるで話を聞いてるよう。そのはずで、じゃべりを原稿におこしたものらしい。ふひふひ言いながらあっというまに読んでしまいました。しかし、ここに出ていることは考えさせられることが多かった。次は水木しげるの『妖怪になりたい』。水木さんは漫画も大好きですが、独特の味わいのあるエッセイも好き。なぜかエッセイを読むと "ふはっ" と山本精一を思い出します。空気感が似てるのかな。それから橋本治の『人はなぜ「美しい」がわかるか』。これもとっても面白かった。いつもながら橋本さんの視点にはうならされます。ず〜っと昔、何回かお会いしたり、ステージも一緒にやったりしたことがあるんだけど、覚えていてくれてるかな。そしてもう一冊、姜尚中と森巣博の対談で『ナショナリズムの克服』。ナショナリズムの問題はオレみたいな旅の音楽家がなんとなく現場現場で世の中を斜めに見ながら思っていたような事態より、はるかにややこしい。そんなこととは関係なく、国境も自由に行き来しながら音楽やってるもんね〜、民族主義なんてくそくらえだもんね〜なんて安易に考えてしまいがちなオレのような無神経な人間に、逆にひっそりと強固によりそうナショナリズムみたいなもんもあって、うかうかしてると、あっという間にその罠にはまってしまう。う〜ん、もっと勉強しなくては。

さて今回の日記はLMCフェスの続きと、アルス・エレクトロニカ、ヴェネチア・ビエンナーレです。


@月@日
LMCフェス2日目。今日からAMMのキース・ロウが参加。昨日きていたブラジル・パーカッション・チームがいなくなったかわりに中世の音楽を混声コーラスでやるクインテットが参加。今日は予定どおり午後からリハーサル。今日はキース中心に進行。彼の用意した漠然とした方向付けと、人の出入りが示されただけのノートをもとに、具体的にはリハーサルを行わず、ノートの解釈だけをキースが説明。あとはスクラッチ・オーケストラの経験談や、彼が用意した17世紀のイギリスの画家ヒューゴの絵なんかを使って、今回の簡単な意図のようなものを説明しただけでリハは終了。う〜む、さすが、なんか、これでうまくいくような気がするから不思議。実はこの会場は60年代にAMMが名乗りを上げたころに頻繁に無料コンサートをやってたとこだそうで、当時はビートルズなんかも見にきていたらしい。さすがに内装は当時とはまったく変わっているそうだ。で、コンサートのほうはというと、実はこの日、欧州ツアーの合間に会場に来ていた宇波拓が彼の日記でレポートしてるんで、事後承諾ってことで、まんま引用させてもらうことにします。


パブで軽く飲んだ後、LMCフェスティバルを見にいく。誰だかよくわからないミュージシャンやらダンサーやらが総勢50人ほど出演し、キース・ロウと大友さんがオーガナイズするという謎の企画で、何が起こるのか誰もわかっていないらしいという事前の噂がはいってきていた。ユーストンの会場につくと大友さんが表にいたのだが、見るからにやつれている。多分、クラス替えしたその日に学芸会とかそういう感じなので、気苦労もそれなりだろう。ホールにはいってみると、全員同時にステージにあがっていて、 全員同時に演奏しておりました。最初のセットは混沌としていつつも流れが決められているな、という感じがわかってしまって、どうも中途半端な感じが否めなかったのだけど…セカンド・セットと、特にアンコールはほんとうに感動しました。おそらくほとんど全員、まわりの人が何をしているのか、それどころか自分が何をしていいのかさっぱりわかっていない状態のまま、言葉はわるいが垂れ流していて、そのままメルトダウン。メンバーも高校生からロル・コックスヒルまで各種取り揃えられていたのだが、完全にディスオーガナイズドなのでどこかのポイントが突出してしまうことなく全体のグラデーションの一部となり果てていた。量で溶かす、というのは盲点だな…。賛否両論というか、絶対否の方が多いと思うし、実際終わった後肯定的な意見はあんまし聞かなかったけど、いやーすばらしいと思いますよ。失敗なのか成功なのかさっぱりわからない。ということは、これまでの軸ではなんとも判断しがたい地平が垣間見えていたということではないかと思われます。チャレンジです。


以上が宇波日記からの引用。ちなみに彼はイギリスの前、8月にはなんとレバノンの即興フェスに、まだ現在も欧州ツアーの最中で、そのへんのレポートも非常に面白い。10年くらい前にわたしが頻繁に欧州に行きだしたころの新鮮な空気を思い出す。考えてみればわたしはもう相当にすれてしまった。http://www.hibarimusic.com/


と、まあ、内容はほぼ彼の日記にあるとおり。彼だけではなく、わたしも思わぬ良さに感動したのも事実。ただ彼が観客としてメルトダウンに聞こえた部分は、実はそうでもなく、こまかいところで昨日の経験や、今日のキースのリハが生きていたりして、ある種制御された無秩序、あるいは制御なき秩序みたいな状態になっていた。ただそれがいいのかどうかは微妙なところだ。もうひとつ重要なポイントは、この手の素人やスキルの低めの人が混ざっているプロジェクトにありがちな無垢な良さ、あるいは下手でも音楽の喜びだけはあるからいいじゃん…みたいなものにもしも感動があったのだととしたら、そこはオレが求めているものとは根本的に違うところだ。初等教育の現場だったらそれで充分だと思うが、僕らは皆、高校生も含めて社会的に責任のあるオトナとしてステージで音楽をやっていて、カマトト的なポーズがゆるされるアイドルではない(当たり前だ)。いろんな方向を向いている、様々なスキルの音楽家が多人数ステージに集まって、個人の表現ではない何かを作るにあたって、何をどう組織するべきなのか。ここの問題が見えるような、見えないような。今日はそういうところまで来た…という感じか。演奏後は宇波くんとソーホーのチャイナタウンへ。彼と話すうちに「アンコンフォタブル・オーケストラ」という言葉が出てくる。そうそう、これこれ…なんて思ってしまった。居心地の悪さを肯定的にとらえるような視点。彼からはいつも色々な示唆やヒントをいただく。ありがたい。

@月@日
3日目。最終日。今日は全部即興でやろう…とキースと私で決めたのだけれど、エドから猛烈な反対にあった。う〜ん、まあエドらしや。結局僕らは、いくつかのアイディアを出し合い、キースの提案で杉本拓のアンプのヒス・ノイズだけの曲をとりいえれたり、高校生3人だけのパートも作ったりしながら、コーネリアス・カーデューのグラフィック・スコア「トゥリーティス」をモデルにしたようなスコアを2人で書いたりして皆に提 出。きわめてシンプルに説明しただけで、あとは本番にまかせることにした。ぼくらは皆を支配したくない。ただこれだけの人数の人間が音を出すためのなんらかのシステムのようなものをゆるやかに提示しただけだ。

で、本番。お客さん、少ないなあ。エドと仕事してると、今に世界で唯一結構集客力のあったロンドンでも人が来なくなりそうだぜ(苦笑)。いつものキースのグラフィック・スコアだと、ある種AMMのような、あるいはいわゆる「音響」のような世界になるのだけれど、今回は違っていた。突然メロディやビートも飛び出すし、時には唄まで、大音響のノイズにもなれば、ほとんどヒス・ノイズしかない世界まで。で、結論から言うと、 オレは前日以上に感動した。すばらしかった。これが、たとえばエリントンの言うような「いい音楽」なのかどうか、オレにはわからないけれど、でも、オレには必要な音楽で、これだけの人数が、ゲーム・ピースのような構造もなく、あるいはダンスなりサイケといったような祝祭的な方法もとらず、共通の現代音楽なり即興の言語も使うことなく、それでも、なんらかの組織としてかろうじてだけど成立したことに意義があると思っている。うん、これ「アンコンフォタブル・オーケストラ」だ、なんてひとり納得。

深夜エドやキース等とインディアン・レストランで打ち上げ。一歩は踏み出せたね…なんて話をしながら、カレーをむしゃむしゃ。そのうちイングリッシュ・ジョークの応酬になり、オレの英語力ではついていけず(苦笑)。でもねハッピーなオーラが伝わるってのはいいもんです。ロンドン滞在中はめずらしく毎日ほぼ晴れ。打ち上げ後は火星を見上げながらオレンジの街頭のなかホテルへとぼとぼ。

@月@日
ロンドンからオーストリア、リンツへ。アルス・エレクトロニカでソロをやるためだ。夜遅く到着するなり、今年の受賞パーティがあるから来い…との指示。大急ぎで駆けつけるとパーティ会場で吉田アミ、ユタカワサキ、Sachiko Mの金賞受賞の3人をはじめ各賞の受賞者やら報道関係者やらがわいわいやってる。まずはアミちゃん、ユタくん、さっちゃん「おめでとう! 賞なんかどうでもいいけど、どうせ日本じゃ評価されないんだし、もらえる金はどんどんもらえ! あんた達はそれだけの音楽やってんだから」。テレビではさっき行われた受賞式の様子が流れている。生中継でオーストリアの国営放送が流したものらしい。なんかみんなアカデミー賞みたいにスーツ着てすましてる人たちの中にヤンキーみたいにとんがったのが2人映ってると思ったらアミちゃんとSachiko Mだ〜爆笑。パンクだ〜。あはは、こんなもんぶっこわせ! でも、一番かっこよかったぜ。パーティ会場ではどっかの国の準国営放送の人が彼女達にすごい質問をしている。「日本には電子音楽はほとんどないので驚きました…」。もう言葉もありません。きっとこいつエリートなんだろな、◎×大とかでた。こんなのがアート専門番組のディレクターなんだよな、どっかの国は。専門のことくらいちっとは勉強しろ!

ベルリンの親友ブーさんや、今回銀賞をとったノルウェイのマヤやジャズカマーたちともやあやあと挨拶。「おめでとう」。彼等が一緒にやりだした切っ掛けは3年前にやったオレのワークショップだって聞かされてびっくり。正装のよそゆきの笑顔をした人の多い立食パーティはなんとなく居心地がわるいので、正装でもなく、愛想わらいをしてると顔がひきつるオレは、名札をはずして食べるもんだけ食べてさっさと退散。

@月@日
アルス2日目。オーケストラ用の会場でオレや池田亮二、ナット・ヒューマンなんかが、両脇にセッティング。中央には打楽器群が山のように仕込まれたオーケストラ。今日最大の楽しみは、自分の演奏なんかより、ヴァレーズのオーケストラとテープの作品『デセール』が見れること。ライヴで聴くのは初めてだ。もう今から20年以上前、NHK FMで流れてるのを聴いて大感激した作品だ。素晴らしかった。ほかにもクセナキスの電子音楽やら、ライヒの『ドラミング』等々盛りだくさん。オレはいつものようにガガガっとソロを。池田さんもいつものようにピピピザー、バキバキっとソロを。池田さん、やっぱすげえや。でも今日の最大の収穫は池田さんと、いろいろ話ができたこと。それもまじめな音楽の話ばっかりじゃなくて、お互いガキのころ体育が嫌いだった話とか、家の片付けの話とか、どこそこの国でものを盗まれた話とか、ここには書けないような秘密の話とか。とっても楽しい時間でした。

@月@日
アルス3日目。今日は受賞者のコンサート。吉田アミとユタカワサキのAstro Twinも、おなじアミちゃんとSachiko MのCosmosも素晴らしい演奏でした。とりのCosmosでは最初の10分でぞろぞろ人が出て行って大笑い。彼女達の演奏はいつもながら、圧倒的でした。エンターテインメントのまったく無い彼女達の音楽に、いまだに「マルチメディア」とか言ってるだけの、実のところはアートの意匠をまとった安全無害な、ちょっとだけ面白い作品を絶賛してるだけの奴等がついていけるわけもない。演奏終了後アムスの電子音楽研究所スタイムでコンサート企画をやってる人が早々彼女達のところに。

@月@日
リンツから今度はヴェニスへ。ヴェネチア・ビエンナーレでソロをやるためだ。これでヴェニスにくるのはもう5度目。空港に向かえにきてくれたのは昨年の冬にFilamentのコンサートを企画してくれたマッシモ・ウンガロ。今回も彼の企画だ。その風貌はどこか若き日のエドに似ていて、その一筋縄ではいかない中身もエドっぽい。オレはどうも世界中の偏屈モノを愛する傾向があるようだ。やあやあと言いながら早速レストランでデ ィナー。なによりもまずは食事。しかも楽しく美味しく食事。イタリアの素晴らしいところだ。

@月@日
別会場でコンサートのDJオリーブやデビッド・モスなんかとやあやあとハグののち、会場へ。この日はギターとターンテーブルの相互フィードバックだけで40分のソロ。上出来。そのせいかCDが沢山売れた。おかげで上機嫌。「マッシモ、明日はオレのおごりだ!」。入った金はどんどん使うのだ。帰りは水上タクシーで。キラキラ光るヴェニスの街を横目に夜の海を高速で飛ばす。恋人達だったらもう、そのまま昇天しそうな夜景だけれど、となりにいるのはマッシモくんとその仲間のよくしゃべる男性達。普段は精一杯虚勢をはってますが、ミック・ジャガーやキース・リチャードと違って、僕らツアーミュージシャンの生活は寅さんなみに地味でなのです。

@月@日
今日はオフなんでビエンナーレの会場をぶらぶら。ほとんどは面白くねえや。オレの感性が鈍ってるのかと思えるくらい。これだったら客の全然いなかった帯広のデメーテルのほうが何倍も面白かったなあ〜。ひとつにはあまりにも作品が多すぎて、こちらが散漫になってしまうせいもあるのかもしれない。作品の質ってよりはオレのキャパと作品の量の問題かも。ちょうどロンドンのエドが言っていた(JAMJAM日記前号参照)素晴らしい音楽が順番に出てくるだけのフェスにあきあきした…ってのにも通じるような気もする。オレが好きなのはよく出来た作品とかではなく、なにか現場の見えるようなものなのかも知れない。美術館やこうした展覧会に今ひとつ興味がもてないのはそのせいもあるように思う。現代音楽は好きだけど、現代音楽界みたいなところが好きになれないのもこれと似ている。オレが杉本拓や中村としまるや秋山徹次、Sachiko M等を信用出来るのはちゃんとストリートに根をはった立ち方をしているからで、それがないものは、どんなに良くても遠く感じるなあ〜、なんて思いながら、それでも時々あたる面白い作品に、うんうんとうならさせてもらいました。それにしてもオレが面白いと感じる作品が大抵は日本か中国の作家なのはどういうわけだ。オレの感性が東アジアのほうだけ向いて閉じてるんだとしたら大問題だ。


今日はこれからソウルに向かいます。19日にはパク・ジェチュンさんなんかとライブ。20日にはカン・テーファン、パクさん、ミヨンさんのロング・インタビュー。これについては「improvised music from japan」の雑誌に掲載予定です


Last updated: October 12, 2003