Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

大友良英のJAMJAM日記(2002年11月末〜12月前半)

どうもです。結局欧州にいる間は日記をアップできずじまいで、シアトルに向かうすし詰めの飛行機の中で半年前のことを思い出しながらこれを書いています。アメリカ便はすいているもんだと思っていたら、とんでもない。年中飛行機に乗ってるもんにとってエコノミー・クラスってのはほんと酷だよなあ。心も体もへとへとになる。となりは中国からのビジネスマン。さっきから咳してるんだけど、大丈夫かいな。では昨年11月末から12月前半の日記をどうぞ。


@月@日
スペイン、バルセロナ。前回1999年に来たときはエレクトロ系では欧州でも最大規模のソナーフェス…というと聞こえは良いが、このときはFilamentをやってさんざんな目にあった。ほとんど起承転結の無い、微妙な音響変化だけで成り立つFilamentのような繊細な音楽を成立させるのに観客の協力は不可欠だ。ところが会場は終始人が出入りしている上に、後ろのほうの客はずっとざわざわ話しているしで、Filamentの音楽はまったく成立しなかった。少なくとも僕らはそう思っていた。ところがこの演奏にひどく感動 した人が少なくとも一人はいたのだ。デレク・ベイリーなんかとも共演のアルバムをだしている、スペインでは知られた即興ピアニストのオーグスティ・フェルナンデス。その彼がもっと良い環境でFilamentのコンサートを実現したい…というメールをすぐにく れたのだ。それから3年、紆余曲折の後、やっとバルセロナでFilamentのコンサートが実現することになった。

ホテルに到着するとマツ・グスタフソンやエヴァン・パーカーとロビーでばったり。今回僕らが呼ばれたのはオーグスティが企画する二ューミュージック・フェスティヴァルの一環で、彼等はバリー・ガイ・オーケストラのメンバーとして来ているのだ。皆一足早くついておのおのバルセロナの街を楽しんでいるようだ。僕らも早速夜のバルセロナに繰り出す。

@月@日
フェスの初日はバリー・ガイ・オーケストラ。う〜ん、あんなに素晴らしいメンバーなのに、しかも会場では大うけなのに、かつてオレがあこがれたキラ星のごときインプロヴァイザー達が沢山そろっているってのに…なんかピンとこなかったなあ。皆文句のつけようがないくらい素晴らしい演奏技術なのだけれど、でも20年前、30年前の彼等にあって、今の彼等にない何かがあって…。昔のままの演奏をしてほしいなんてオレは言ってるんじゃない。むしろ彼等は昔のままの、もしかしたらそれ以上の技術をもって演奏しているんだけど、そういうことじゃないんだ。この何かがあるかないか…もしかしたらオレは、あらゆる音楽の中のそれだけを聴いているのかもしれない。その「何か」がなんなのかって言われると、とたんに言葉につまるんだけど。

@月@日
AMMのジョン・ティルバリーによるモートン・フェルドマンのピアノ作品の演奏。ピアノのペダルを踏んだままの非常に静かな世界。演奏が始まってから30分の間に何人もの客がばたばたと席をたってしまった。中には御丁寧にブーイングまでして帰る若造もいて…。嫌いだったら一人静かに席をたちゃいいじゃねーか、クソガキが! でも残りの1時間は余韻と静寂のとろけるような世界に、静かに、静かに浸らせてもらって、本当に、本当に感動した。

ジョンはSachiko M等とCDを出したばかりで彼女とも仲良しだ。そんなわけで終演後は皆でまた夜の街へ繰り出す。スペインは深夜になっても日本で言う居酒屋のような美味いつまみを出してくれるバルが沢山営業していて、僕等旅暮らしのミュージシャンにはすこぶる居心地か良い。お勧めはパンにトマト・ペーストを塗ったパンコン・トマトやら、小さい魚介類のオリーブ・オイル漬けみたいなものとか。

@月@日
今日はFilamentの本番。会場の響きやスピーカー・システムの様子を見ながら、いつものように30分くらいで、今日やる内容を決める。Filamentの場合はほとんどSachiko Mが方向を決めて、オレはその中で自分のやれることを探っていく。自分がやっているプロジェクトの中でも一番難しくて、でも同時に極端にシンプル。今回からアコースティックでターンテーブルを鳴らす手法も取り入れだす。人にはわからなくてもいいから毎ステージ、最低でもひとつくらいは新しい音や手法を発見できれば幸いだ。と、同時に捨ててもいい音や技術も発見できる。これも重要。常に更新しなくちゃね。

今回はFilamentにはめずらしく2セット。もしかして初めてかも。素晴らしい環境で、いい演奏が出来た。会場にも多くの人々が来てくれる。ソナーのときにちゃんと聴けなかったから楽しみにしてたんだ…と声をかけてくれる人が何人もいて…。前回はバルセロナが大嫌いになったのに、今回は逆に大好きになった。人間なんて単純なもんだ。ちなみにオレはしし座のO型。

そうそう宇波拓の欧州ツアー日記にも出てくるバルセロナの若手インプロヴァイザーも何人かきてくれる。ゴリゴリとした素晴らしい音を出す連中だ。彼等は5月には日本に来て宇波君なんかとツアーをする予定。あ、もう始まってるのかな。5月30日には明大前のキッド・アイラックでも演奏するんで、みなさんよろしく〜。

終演後はまたもやジョンなんかとバルへ。ステージでは哲学者のようなジョンだけど、オフ・ステージは実に気さくな、しかしそうとう毒の入ったイギリス紳士。オーガナイザーのオーグスティは、Filamentのことをやまほど質問してきて、まるでインタビュアーのよう。彼とはいつかなにかやれそうな気がする。

@月@日
イタリア、ヴェニス。ここでもFilamentの公演。この時期のヴェニスは連日のように上げ潮で洪水になるとは聞いていたけれど、いやはやたしかにすごい。毎日のように朝から昼までは旧市内のほとんどの地域が日本で言う床上浸水になる。どぶくさいことこの上ない。地元の人たちは数十センチもある長靴でしのぐのだけれど、ぼくらはホテルの部屋にいるしかない。この街はこの100年間毎年1cmづつ沈んでいて、このままいくと数十年後には海の中に消えてしまう運命らしい。前にも行ったことのある美味いレストランがことごとく洪水で営業していなかった。残念。ここはイタリアのくせに観光客相手のまずいレストランもあるので要注意だ。でも美味い店は、もう本当に脳みそがとろけそうになるくらい美味い。イタリアばんざ〜い。ちなみに払いは絶対現金がいい。イタリアでカードで払うと金額をごまかして請求が来ることがあって、サインが違うと主張してもカード会社の日本の代理店は、まるでサラ金の業者の取立てのように、おかまいなしに強引にしつこく請求してくるので充分注意したほうがいいっすよ。

午後になると潮がひいて、皆ほうきでもって掃除をしだす。ヴェニスは車は一切はいれないので、僕等はとことこと歩いて街に繰り出すことに。今回はここでロンドン・ミュージシャンズ・コレクティヴ (LMC)の首魁エド・バクスターと、男ばかりのLMCにあって数少ない女性、美人のダニエラちゃんと合流。エドはもう今まで数えきれないくらい僕等のコンサートを企画してくれたり、アルコホールという個人レーベルからCDを出してくれたり、『レゾナンス・マガジン』という、おそらく世界でももっともマニアックな実験音楽の雑誌を発刊したり、かつては2〜3の名前で『ワイアー』という音楽雑誌に強烈な記事を書いていたこともある。たしか本業は大学の文学の先生だったはずで、そっちのほうの本も出していたんだけど、最近は完全に音楽にシフト。日本のシーンをイギリスや欧州に紹介した最大の功労者のひとりで、実際ものすごく世話になってきた。とはいえ決してチョウチン記事を書くような人ではなく普段から辛口の批評でも知られていて、オレも何度も切られている。初めて会ってからもう10年、お互いお腹が出てきて、すっかりおっさんぽくなってしまったけど、最近はDJもやるし、FMラジオ局も始めたりで、その精力的なところはちょっと佐々木敦にも似ているかな。て、その彼が今回はめずらしくホリディでヴェニスに来ていて、でもホリディのくせに、目当ては半分は僕等のコンサートだったりするところが彼らしい。

今回の主催者はエドを一回り若くしたようなインテリ青年のマッシモ・ウンガロ。イタリアでは結構知られたオーガナイザーで、なんだかんだと彼とも7年の付き合い。彼は最近ルー・リードのメタル・マシーン・ミュージックの室内楽団ヴァージョンというのを企画して、実際にルー・リードにきてもらいやってもらったらしい。これ、すげえ聴いてみてえ。どんなだったんだろう。マッシモとエドはこのときが初対面。僕等からみると欧州内の国なんて近いように思うのだけれど、各地のオーガナイザー同士は意外と面識がなかったりすることが多い。考えてみればたった1日で国境を越えて、次々といろ いろな人たちと仕事をする僕等のほうが特殊な存在なのかもしれない。

@月@日
コンサート。この日はSachiko M、オレのそれぞれのソロとFilamentの演奏。4チャンネルのメイヤーのスピーカー・システムが実にいい仕事をしてくれる。僕等の演奏はPAシステム次第といってもいいくらいだ。システムの音や会場の響きによって僕等は作曲を しているといっても過言ではない。無論良いシステムであれば音楽の選択肢も増えるわけで、特にFilamentの場合システムによって半分以上音楽が決定してしまう。だからといって、完全に自分の好きなシステムでなければ演奏できない…というような音楽を作ろうとは思っていない。わたしもSachiko Mも、完全に音をこちらの手でコントロールするような作品づくりを目的にしているわけではないからだ。必要なのは、最低限、自分の音と言える音が出せるクオリティのシステム。ただこの基準は低くはない。ロックやジャズの小屋だと、音がきたなくてなかなかそこまでの音が出てくれない。逆に今回のような会場だとイメージがものすごく膨らんでくる。

さて本番。イタリアのお客さんは、大抵静かにしていてくれない。今回もなんとなくざわざわしている。特にFiramentやSachiko Mのソロで多様する単音のサイン波の時は、音の特性の関係で、サイン波以外の音を立体的に浮き上がらせたりするので、耳元でこそこそしゃべるアベックの声すら浮き出してくる。しかもその声にモジュレーションがかかったりするものだから、面白がって声を出すやつまで現れる。いつもなら怒り出すところだけれど、それでも気持ちよくやれたのは、ひとえに主催者マッシモくんの僕等の音楽への深い理解と、PAシステムの良さ、8割の客の強力な集中力、そしてなにより麻薬のように脳をとかすイタリアの旨いメシのせいだ。

演奏後は例によってマッシモ、エド、ダニエラ、その他大勢のスタッフとレストランへ。サラダのルッコラやトマトの美味いこと。魚介のパスタに舌鼓を打ちつつ、わいわいがやがや。イタリアに来るといつも思う。人生楽しまなくちゃって。楽しむ基本は、旨いメシと友達、キュートな女性達と素敵な音楽、これだけあれば他になんにもいらない…なんてね。ま、実際の人生そんな調子よくはいかないことになっております(苦笑)、はい。

潮騒の音にまじって遠くから警報サイレンの音が鳴り響く。

明日も洪水だ。


Last updated: May 24, 2003