Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese

CD 「Mottomo Otomo」ライナー・ノーツ

私が1970年代にフリージャズや即興音楽に興味を持ち出して、すで四半世紀が立つ。その間にもパンク、ノイズミュージック、ポストモダン等数えきれないほどの新しい音楽の潮流が生まれ、成熟し、あるいは消えていった。それらに共通するのは、常に音楽を創る側の人間達からの積極的な働きかけが音楽に新しい何かを付け加えてきたということだった。複雑な質問も、その答えも音楽の創り手によっていつも用意されていた。主導権は音楽家のものだった。私が MUSIC UNLIMITED 1999 でやりたかったことは、そうした20世紀的な伝統に最大限の敬意をはらいつつ、同時に音楽を聴く側の人間が質問の主導権を握るような音楽のありかたを示せないかということだった。音楽家は勿論ステージで演奏する、いつものように。しかし質問の設定は音楽家がするのではなく、音楽家も含めたその場にいる聴き手全てが自由にたてられるような音楽。極端なことを言えば、音楽家はステージ上でただ音を出すだけの無力な存在であってもいいとすら考えた。 音の解釈の主導権は聴き手にあって、演奏者もその意味では同等に聴き手であるような音楽。これは演奏すること、あるいは音楽を創ることへの根本的な問い返しでもある。

今あきらかに、なにか新しい音楽の潮流が生まれているように思う。しかし、それはこれまでの新しい音楽のように、見るからに新しい衣装を着ているわけではない。音楽の存在の仕方、聴くことや演奏することを根本からとらえなおす作業なのだ。それはものすごく地味で見えにくいし、おそらく今までの新しい音楽のように定形をもったり名前がついたりすることもないだろう。しかしこの本質的ともいえるおおきな変化の存在を MUSIC UNLIMITED の3日間で確信した。私はこの新しい潮流を静かに支持する。

  

素晴らしい機会を作ってくださった MUSIC UNLIMITED の皆さん、シルビア、エッカート、とりわけウォルフガングに心から感謝したい。

大友良英
2000年10月東京にて


Last updated: June 17, 2001