Improvised Music from Japan / Yoshihide Otomo / Information in Japanese
『Switch』2002年4月号の「book addicts:書架悦覧」に掲載

人生の実用書

大友良英

  1. 「続電気楽器 / 小沢恭至、三枝文夫、若林駿介、和田則彦」(オーム社)
  2. 「インプロヴィゼーション / デレク・ベイリー」(工作舎)
  3. 「テクノイズ・マテリアリズム / 佐々木敦」(青土社)
  4. 「JAMJAM日記 / 殿山泰司」(ちくま文庫)
  5. 「三文役者のあなあきい伝 / 殿山泰司」(ちくま文庫)
  6. 「捨てる!技術 / 辰巳渚」(宝島社新書)

1 手もとに残っている本の中で唯一70年代に購入した本。高校1年のときだ。表紙を見るだけで楽器を始めた頃のあの空気や匂いを思い出す。中身はギターアンプの回路図や、やっと普及しだしたシンセサイザーやPAシステムについて書かれている技術書で、当時はその内容にココロをときめかせたっけ。デジタルやサンプリングなんて言葉は無論出てこない。進歩著しいこの分野の四半世紀以上も前の本ともなると、いうまでもなく古色蒼然とした内容なのだけれど、電気楽器の基本的なこと、しかも今時は誰も言わなくなったような基礎中の基礎みたいなことをかなり網羅してくれている上に、ヴィンテージ・アンプの回路図がいくつも出ていて、今でも便利に使わせてもらっている。妙に説教臭い文章もなんかいいんだよなあ。ピントのずれた前衛電子音楽批判あたりは愛嬌ものだが、なによりも文章のそこここに技術者としての向上心みたいなものがにじみ出ているのがいい。平気でウソついてまでものを売ったり、なんでも値段をさげりゃいいって時代になってしまうと、なおさら、こういう風にまっすぐにいいものを作ろうって姿勢を応援したくなる。ま、そんなこんなの理由以上に、この本を今でも持っているのは、最初にシンセを自作したり、ギターをアンプにつないだときのドキドキ感を忘れないようにするためだったりするんだけどね。ちなみに70年代に購入した雑誌で唯一今持っているのは間章の出していた雑誌モルグと実家にのこる少年マガジンってとこかな。

2、3 は即興とはなにかを考えるには欠かせぬ2冊。81年に翻訳本が出たデレク・ベイリーの『インプロヴィゼーション』は今だにわたしの思索の源泉になりつづけている。それは音楽のみならず、生きるということの根本にまで関わる何かだ。気づいてみれば、迷い道をしながらも、確実に彼と同じ世界の片隅の住人になっていた。この本が出て以降、過去20年間、こと即興に関しての深い論考は少なくとも批評の現場ではまとまった形ではなされてこなかったように思う。佐々木敦の『テクノイズ・マテリアリズム』の第2章、デレク・ベイリー、高柳昌行、Filamentについての論考は、直接即興演奏に携わる音楽家として、ベイリー以降では、初めて身に迫る切実な文章であった。音楽家の創作にまで深く切り込む内容は、机の上でCDを聴いているだけでは決して生まれてこない。ありとあらゆる現場に足を運び、あるいは現場そのものを創作している佐々木敦ならではの仕事だ。

4、5 現場に足を運ぶ面白さをわたしに教えてくれたのは殿山泰司の『JAMJAM日記』だった。ここに出てくる70年代東京フリージャズの現場をわたしは追い回した。会場の客席後方には大抵殿山さんがちょこんとすわっていた。いつかわたしのライブの客席に殿山さんが来る日を夢見ていたのだけれど、遅かった。現場で頻繁に演奏するようになった90年代、殿山さんはすでにあの世の人であった。『三文役者あなあきい伝』は、なんの宗教も信じていないわたしの唯一のバイブルと呼べる本。いつも海外ツアーには何冊か文庫をもっていくのだけれど、なぜか『あなあきい伝』と池波正太郎の『剣客商売』がポケットに入っていることが多い。わたしにとってこの2冊はホームシックにならないためのお茶漬けの味みたいな本なのかもしれない。

6 実は読んだ本の多くは家にない。この本とて例外じゃない。一度読んだらどんどん捨てるか売るかする。また読みたくなったら買うか借りるかする。最近はCDですらそんな調子だ。ライフスタイルが変わったって一点で、この本の影響力は大きかった。なにしろそれ以前のわたしのアパートは足の踏み場もないくらいの本、CD、レコード、そして楽器や機材の山に埋もれていた。把握しきれない情報の山。この本への批判があるのも知っているが、狭いアパートに住み、整理整頓が苦手なくせに、沢山の音楽や本、機材を持っていたがりの音楽家にとって『捨てる! 技術』は救世主だったのだ。面白いのは、この本が単に物を捨てるための本ではなく、実は物を持つことの質を問う本だってところだ。情報飽和社会でのサバイバル方法って側面もあるが、それ以上に、物をコレクションすることで豊かさを実感してきた時代への問い返し、これは大きくは男社会への素朴な問いかけになっているところがミソかな。ま、そんな深いところはともかく、現実に部屋がかたずいて仕事の効率は圧倒的にあがったし、逆にひとつひとつの情報との付き合いは深く丁寧になった。でも、なによりも驚いたのは、後で知ったことだか、この本の著者が若い頃のダチだったことだ。なんで今さらガキの頃のダチに生活を正されなきゃならねえんだ(苦笑)。そんなわけで、今回はそれでも捨てずに持っていた数少ない蔵書の中から実生活にまで深く関わった6冊を選ばせてもらった。


Last updated: June 5, 2002